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 米国最高裁による進歩性判断基準についての判決  

古谷国際特許事務所ニュースレター143号
(C)2007.5 FURUTANI PATENT OFFICE
2007.5.1
(2007.5.2改訂追加)(本件特許クレームの参照内容が間違っていましたので修正しました)



内容


1.KSR International Co. v. Teleflex Inc事件
 2007年4月30日、米国最高裁は、進歩性(非自明性)の判断基準につき争いとなっていたKSR International Co. v. Teleflex Inc事件につき判決を行った。巡回控訴裁判所(CAFC)にて、長年用いられてきた動機付けテスト(teaching-suggestion-motivation test)の運用は特許法および判例に反するとした。

 Teleflex社は、自動車のアクセルペダルについての米国特許(USP6237565)を有しており、KSR社に対して特許権侵害であるとして訴訟を提起した。その特許クレームは以下のとおりである。

1.An adjustable pedal assembly for a vehicle comprising;
a support (18) for mounting to a vehicle structure;
an adjustable pedal assembly (22) having a guide member (62) rotatably supported by said support (18) for pivotal movement about a pivot axis (26); and
a pedal arm (14) supported on said guide member (62) for rectilinear movement in fore and aft directions relative to said support (18), said guide member (62) and said pivot axis (26) between various adjusted positions;
an electronic control (28) supported on said support (18) and responsive to pivotal movement of said pedal arm (14) and said guide member (62) about said pivot axis (26),
said electronic control (28) being fixed relative to said support (18) such that said pedal arm (14) moves in fore and aft directions with respect to said electronic control (28), said electronic control (28) being responsive to pivotal movement of said guide member (62) about said pivot axis (26) for providing a signal (32) that corresponds to pedal arm (14) position as said pedal arm (14) pivots said guide member (62) about said pivot axis (26).

2. An assembly as set forth in claim 1 wherein said pedal arm (14) is in sliding engagement with said guide member (62) and extends from said guide member (62) to lower pad end.

3. An assembly as set forth in claim 2 including a drive for moving said pedal arm (14) along said guide member (62).

4. A vehicle control pedal apparatus (12) comprising:
a support (18) adapted to be mounted to a vehicle structure (20);
an adjustable pedal assembly (22) having a pedal arm (14) moveable in force and aft directions with respect to said support (18);
a pivot (24) for pivotally supporting said adjustable pedal assembly (22) with respect to said support (18) and defining a pivot axis (26); and
an electronic control (28) attached to said support (18) for controlling a vehicle system; said apparatus (12) characterized by said electronic control (28) being responsive to said pivot (24) for providing a signal (32) that corresponds to pedal arm position as said pedal arm (14) pivots about said pivot axis (26) between rest and applied positions wherein the position of said pivot (24) remains constant while said pedal arm (14) moves in fore and aft directions with respect to said pivot (24).

この発明は、ペダルの位置が調整可能(上図の実線と2点鎖線によって示されたペダルアーム14参照)であり、かつ電子スロットル制御が可能(電子スロットル制御装置28はピボット24の回転に応じた信号を出力する)であるという点に特徴があるといえる。

第一審の地裁では、ASANO引例(USP5010782)に基づき進歩性がないとして、本件特許は無効であると判断された。ASANO引例(USP5010782)には、下図のように位置調整可能なペダルが開示されていた。また、電子制御式のペダルが従来技術として知られていた。


権利者であるTeleflex社はCAFCに控訴したところ、CAFCは、引用文献に発明をなすための動機付けが開示されていなければ進歩性は否定できないとする動機付けテスト(teaching-suggestion-motivation test)に基づき、本件発明は進歩性があるとした。CAFCは、電子制御式のペダルが従来技術として知られているからと言って、ASANO引例(USP5010782)にこれを組み合わせることが自明であるとは言えないとした。つまり、ASANO引例が本発明と目的が異なること、ASANO引例には本発明をなすための動機付けが開示されていないことを理由に、進歩性があるとした。

これに対し、最高裁は、次のようにCAFCを批判した。CAFCは、当業者がASANO引例に電子制御のためのセンサーを組み合わせたであろうかどうかに着眼して判断しているが、誤りである。当業者にとって、ASANO引例をセンサーを用いて改良することが自明であったかどうかに着眼すべきであるとした。その上で、機械式制御から電子式制御に変えていくという市場の強いインセンティブがあったことなどから、ASANO引例にセンサーを組み合わせることは自明であるとして、進歩性を否定した。

また、特許権者は、ASANO引例が、センサ技術との組み合わせを遠ざける先行技術であることを立証していないとして進歩性を否定した。

上記のように、最高裁は本件特許を無効であるとし、CAFCに差し戻した。

2.コメント
 注目されていた判決が出された。本件発明が進歩性を有するかどうかという点については議論がありそうであるが、ここでは、進歩性(非自明性)の判断基準についてコメントをしたい。

最高裁は、この判決で、CAFCが確立してきた動機付けテスト(teaching-suggestion-motivation test)を否定したわけではないが、その適用の仕方があまりにも厳格に過ぎるとしてCAFCを批判している。結果的に、実質的な部分において、CAFCの行ってきた動機付けテスト(teaching-suggestion-motivation test)を否定しているとも見える。

 本判決については、今後色々な議論がなされるであろうが、私は最高裁が「特許権者は、ASANO引例が、センサ技術との組み合わせを遠ざける先行技術であることを立証していない」と指摘している点に注目したい。

 これは、従来技術を組み合わせれば発明が導き出される場合に、従来技術の中に組み合わせることの動機が開示されていなければ進歩性ありとするのか、あるいは、従来技術を組み合わせることが困難であると言える場合に限り進歩性ありとするのかという問題に関係している。前者と後者は、一見同じように見えるが、出願人(または特許権者)か審査官(または侵害事件被告)かいずれが証明すべきかという点において大きく異なっている。前者なら、審査官が動機付けがあるということを証明しなければならないことになる。後者なら、出願人が動機付けがないということを証明しなければならない。

 日本における実務では、後者が採用されていたと考えられる(法律上は拒絶理由を提示する義務が審査官にあるが、複数の従来技術は阻害要因がない限り組み合わせることができるとして扱われるのが通常である)。これに対し、従来の米国特許やCAFCの実務では、前者が採用されていた。米国は日本より権利が取得しやすいといわれるのは、このあたりの運用の差に原因があった。

 今回の米国最高裁の判決により、米国における進歩性の判断基準が、日本の判断基準に近づいたと考えてよいであろう。

 既に成立している特許についても裁判基準として適用されるのであるから、権利者にとっても影響の大きい判決である。

 なお、本件Teleflex社の特許は日本にも出願され特許がなされている(特許3450245)。ただし、日本では、ASANO引例は引用されず、ペダル位置を調整可能とする他の従来技術(特表平4−505063)が引用されている。実質的に同じ引用例が示されていながら、進歩性判断が米国よりも厳しいと思われる日本において特許査定がなされている点が興味深い。

【請求項1】 車両構造に取付けるための支持体(18)と、
ピボット軸(26)の回りを回転動するため前記支持体(18)により回転可能に支持されたガイド部材(62)を有する調整可能なペダル体(22)と、
各種調整位置の間での前記支持体(18)、前記ガイド部材(62)及び前記ピボット軸(26)に対する前後方向への直線動のため前記ガイド部材(62)に支持されたペダルアーム(14)と、
前記支持体(18)に支持され、前記ペダルアーム(14)と前記ガイド部材(62)の前記ピボット軸(26)の回りの回転動に応答する電子制御装置(28)と、を備え、
前記電子制御装置(28)は、前記ペダルアーム(14)が前記電子制御装置(28)に対して前後方向に動くように前記支持体(18)に対して固定され、前記ペダルアーム(14)が前記ガイド部材(62)を前記ピボット軸(26)の回りに回転させる時にペダルアーム(14)の位置に対応する信号(32)を供給するため前記ピボット軸(26)の回りの前記ガイド部材(62)の回転動に応答することを特徴とする調整可能なペダル体。

3.補足
 なお、同日付で、こちらも注目されていたMicrosoft v. AT&T事件の判決が出ている。この事件では、ソフトウエアのマスターディスクを米国外に輸出する行為が、米国特許法271(f)(1)に該当して侵害となるかどうかが争われていた。最高裁は、侵害に該当しないと判断した。

4.判決文
判決文は下記URLより。
KSR International Co. v. Teleflex Inc
Microsoft v. AT&T

5.追記(5月6日追加)
 上記KSR判決の後、米国特許商標庁は、近いうちに本判決を考慮したガイダンスを発行すると発表した。その中で、裁判所によって、その厳格な適用は否定されたが、動機付けテスト(teaching-suggestion-motivation test)自体が完全に否定されたわけではないことを述べている。そして、従来技術要素の組合せを理由とする103条aによる進歩性(非自明性)拒絶をするにあたっては、なぜ当業者が従来技術要素を組合せることができたのかを特定することが、依然として必要であると述べている。詳しくは、MEMORAMDUMを参照のこと。

 上記「2.コメント」において私が注目した点について、米国特許商標庁は余り評価していないようである。進歩性の判断が厳しくなりそうであるとはいえそうであるが、詳細は、近く発表されるガイダンスを待つしかないであろう。



NOTES


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